千葉ロッテマリーンズについての豆知識を紹介しております。
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千葉ロッテマリーンズは千葉県千葉市美浜区にある千葉マリンスタジアムを専用球場(本拠地)としているパシフィック・リーグの球団に加盟しているプロ野球球団です。
1950年に毎日オリオンズとして設立されてから4回ほどチーム名は変更され、1958年に「大毎(毎日大映)オリオンズ」⇒1964年に「東京オリオンズ」⇒1969年にロッテオリオンズとなり、1992年に現在の千葉ロッテマリーンズになりました。
本拠地は1952年〜73年までは東京都でしたが、74〜77年は宮城県、78〜91年は神奈川県、92年に千葉ロッテマリーンズに変名したと同時に本拠地も千葉県の千葉マリンスタジアムに移動しました。
運営母体はロッテホールディングスで、千葉ロッテマリーンズのオーナーは重光武雄(辛格浩)、代行は重光昭夫(辛東彬)です。
現在の千葉ロッテマリーンズはボビー・バレンタイン監督が指揮を執っております。リーグ優勝は5回、日本一3回、セ・パ交流戦優勝2回、アジアシリーズ王座1回(初代王者)です。
●1992年11月29日
【たけし軍団VS千葉ロッテマリーンズ】
この年、最下位となった千葉ロッテマリーンズがたけし軍団と試合し、2-1で敗戦しました。前年度、セリーグで同じように最下位だった阪神タイガースもたけし軍団と対戦し敗戦したのですが、翌年2位まで浮上した経歴があるため、千葉ロッテマリーンズファンも大いに期待したのですが、残念ながら5位止まりでした。
●1998年
【松井稼頭央(西武)VS小坂誠(ロッテ)】
シーズン終盤、パ・リーグの盗塁王争いで西武の松井稼頭央と千葉ロッテの小坂誠2人に絞られ、両チーム共にシーズン最終戦、盗塁数が松井42、小坂43の単独トップを維持し迎えました。千葉ロッテマリーンズの攻撃、小坂4打席目に出塁した直後、事件が起こります。二盗のチャンスで単独盗塁王の芽が出たのですが、西武芝崎和広投手が一塁に牽制球を悪送球。しかし、小坂は二塁には向かいませんでした。すると今度は芝崎投手はあきらかなボークを犯します。これにより小坂は二塁に進み、二盗はできませんでしたが三盗を試みますが失敗に終わります。そのときショートの松井は二塁塁上に守備位置をとり、リードを許さないというシフトに出ました。その回の裏、松井は一盗塁を決め、小坂(千葉ロッテ)と松井(西武)はタイトルを分け合う結果になりました。しかしこの7回表の攻防で、西武には『故意の悪送球とボークではないか!?』千葉ロッテマリーンズには『なぜ悪送球で二塁へ進まなかった!?』とたくさんのメディアが評し、社会問題となりました。
●2005年
【二桁勝利6人衆】
このシーズンに千葉ロッテマリーンズは「渡辺俊介(15勝)」「小林宏之(12勝)」「ダン・セラフィニ(11勝)」「清水直行(10勝)」「久保康友(10勝)」「小野晋吾(10勝)」の6人が二桁勝利をマークしました。同一チームでの二桁勝利投手が6人出たのは、1963年に南海ホークスが出して以来の快挙でした。新人投手で二桁勝利をあげたのは、千葉ロッテマリーンズでは3人目です。
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千葉ロッテマリーンズと西武ライオンズの遺恨とは、毎日オリオンズと西鉄ライオンズの頃の1952年7月16日の試合中に起きた平和台事件が発端です。
当時、福岡平和台球場にはナイター照明設備が無く、試合は15時から開催される予定でした。しかし梅雨末期の雨の影響で16時55分から試合が始まりました。プロ野球は比較的試合展開が早いので、トラブルさえなければ日没の19時29分までには間に合うとの予想の上の強行でした。途中、15分と1時間の2回試合を中断したのですが、グラウンドに砂が撒かれ、なかば強制的に再開されました。
5−4で西鉄(西武ライオンズ)がリードして迎えた4回裏に、毎日(千葉ロッテマリーンズ)の湯浅禎夫総監督は、選手をダッグアウトに引き上げて水分補給させたり、フライをわざと取りこぼさせたり、捕手がサインを出さなかったり、投手が投球をしないなどの露骨な遅延策をさせてノーゲームにする作戦を行いました(5回を消化していない試合はノーゲーム)。スコアは4−9と5点差まで広がるにもかかわらず、湯浅総監督は審判団に「これ以上ゲームはできない」とノーゲームを提案。協議によりノーゲームが宣告されました。
ノーゲームを宣告された西鉄ファンはグラウンドに乱入し、審判団や毎日(千葉ロッテマリーンズ)の選手に襲い掛かりました。西鉄の大下弘と野口正明が血だらけになりながらも観客を制止しようとしまたが、まったく収拾がつかず機動隊3300人が鎮圧に動員されました。
この毎日オリオンズと西鉄ライオンズの遺恨はその後も続き、とくにファンは千葉ロッテマリーンズと西武ライオンズとなった現在でも、因縁のある球団として有名です。
ちなみに、元西武ライオンズに在籍していた秋山は、ダイエイホークスに移籍した後にも、千葉ロッテマリーンズとの対戦の時には、ロッテファンから野次や応援歌の邪魔などをされました。その因縁の深さがうかがえます。